おかえり。



 どこにいたのかはわからない。
 名称は「意識の海」というらしいけれど、詳しくはわからない。
 ただ、ひどくさみしかった。

 何をしても満たされることなく。
 生きることに希望を見いだせなかった。
 誰の何をいう声にも心を動かせられることもなく。
 この心を占めるのは虚無だった。

 そんなとき。


 あなたが手を差しのべてくれた。


 憔悴しきった私はそれにすら怯えてしまったけれど、それでもあなたは笑ってくれていた。
 そして、言ってくれた。

 「帰っておいで」と。

 でも私は帰るべき場所がわからなかった。
 忘れてしまっていた。
 ここで過ごした僅かな時間が、私の今までの全てを忘れさせてしまっていた。

 それでも、彼は笑って言った。
「俺が君を待ってる。だから君は俺のところに帰ってくればいい。全てを忘れて
しまったのなら、一からまた始めよう。――共に、いきましょう」
 その『いきましょう』は『行きましょう』だったのか。
 それとも、『生きましょう』だったのか。

 私は、その言葉のもつ優しい響きが心に染み渡っていくのを感じた。


 彼を、信じてみたいと思った。
 その温かい優しさを、もう一度だけ。
 信じてみたいと――。





 彼の手をとったと思った瞬間、私の閉じられた瞼に光が当たるのが感じられた。
 いつ目を閉じたんだろうと不思議に思いもしたけれど、自然と目を開ける。
 すると、私の視界を眩しすぎる光が覆い、一瞬真っ白に染まる。
 その光が、消え去った私の記憶の一部を思い出させる。

 そっか。


「私―――帰ってこれたんだ」


 ぽつりと自然に呟いていた。

 帰ってきた。
 あの人の待つところに。


「ああ。ちゃんと帰ってきてくれたよ」


 あの、声が聞こえた。
 優しさに満ちた、大好きな声。
 その方向に視線を滑らせると、大好きな笑顔がそこにあった。

 私の名をゆっくりと呟いてから、彼は私の頬に手を触れた。
 まるで、私がそこに在るのを確認するかのように。


「おかえり」

 そう言った彼の声がひどくやさしくて。


「ただいま」

 思わず涙がほおをつたう。





 大好きな、大好きな、あなた。


 ずっと、傍にいてください。

 私と共に、いてください。

 私には、あなたが必要です。


 あなたが私の名を呼ぶ度に。

 あなたの優しさが私の心に染み込んでいく度に。

 私は、変わっていけるのです。


 だから。

 だから、ずっと。



 ずっと、共に『いきましょう』。

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